小説 「L外伝1・15日目の雨…」

「15日目の雨の朝」
映画「L change the WorLd」をベースに創作した
二次創作(スピンアウト)小説「L spin out the life」の、ひとつめの番外編です。

若干、設定の変更もありますが
LcWの二次創作として、そのまま読むこともでき……できるのかな(笑)。

Lが変わっていくようすを、もっときめ細やかに
子どもたちの目を通して描きたいと思い、作りました。

今回、けっしてかっこいいLではありませんが
はっきりいって、超かっこ悪いところ満載ですが(汗)
人間として成長する彼と、子どもたちとの強くなっていく絆を
っくり見守ってあげてください。

ty17l04

15日目の雨の朝 《 1 》

 かん、かん、かん、かん、と雨樋からしたたり落ちる雨の音で、目を覚ました。
 一瞬、自分がどこにいるのかわからなくてきょろきょろしたけど、すぐにお父さんの知り合いの、松戸博士って人の家だって思い出した。
 起き上がると、仏壇のある八畳ぐらいの部屋。うす暗くて、線香や防虫剤の混じった古い家の匂いがする。夕べわたしたち三人は、この場所に布団を川の字に並べて眠ったのだ。
 隣を見るとタイから来たという小さな男の子が、その向こうにはLという名のいっぷう変わったお兄さんが、夏布団にぐるぐるとくるまり横たわっている。

 * * *

 昨夜、この家に着いたわたしたちは、家の主に事情を説明した。
 わたしの父、二階堂公彦により作られた殺人ウイルスが研究所から流出し、タイの農村で生物テロに使われたらしいこと。それを知った父が、テロから人々を守るためにウイルスとそのワクチンもろとも研究室に火をつけ、死んでしまったこと。残りのウイルスを託されたわたしが訪ねたのが、Lという探偵だったこと。あとを追ってきたテロリストたちの前で、わたしが激情のあまりそのウイルスを自分自身に接種、感染してしまったこと。
 そして、自分の一夜漬けの知識では対処できない、そう判断したLとわたしたちが、ウイルス研究の第一人者だという松戸浩一博士に協力を請うべく、自転車で一日半かけてこの鎌倉までやってきたこと。
 松戸博士はことの重大さに気付き、快く協力を申し出てくれた。
 時間も遅いというのでその夜は、やもめ暮らしだという博士の家でゆっくり休むことになった。わたしたちも交代でお風呂を使わせてもらい、汗まみれの服も洗濯してもらった。Lは博士からの強い勧めのまま、男の子とふたりで入浴させられた。

 だけど、男の子と一緒にお風呂から上がってきたLは、さっぱりした湯上り、という風情とはほど遠く、まるですべてを消耗しきったという顔つきだった。
 そのうえ借りたパジャマが、ものすごく小さい。
「……服は、明日までには乾きますよね」
 悲壮感を漂わせ、Lはそう言った。
 わたしは、九州にいるという息子さん一家の、お嫁さん用だという寝巻を借りていた。わたしにはちょっと大きめ。そして男の子は、お孫さんのパジャマがジャストフィットだ。のっぽのLだけがやたらつんつるてんで、もてあますような長い手足がむき出しだった。おまけにボタンも左右を掛け違えてる。
「すまんすまん、うちの息子は背が低いんじゃ」
 そんなふうに言う松戸博士の口調はあまり、すまないという感じじゃない。
「……服は、明日までには乾きますよね」
 おもしろい、何度も言ってる。身なりにはまったくかまわないオタク人間に見えてたけど、この人にはこの人なりのこだわりがきっとあるんだ。

 松戸博士がせっかくだと奮発してとった晩ご飯のお寿司が、テーブルに並んでいるのを見たとたん、Lは「食欲がありません。寝ます」と踵を返した。この仏間に入り、隅っこに行ってうずくまろうとするところを博士に止められた。
「こらこらこら、そっちは床の間じゃ。どこの世界に床の間なんかで寝る奴があるか。眠るのならこっちへ来て、ちゃんと布団に入りなさい」
 引っぱり出され、無理やり布団の中に押し込められてしまった。
 Lは少し抵抗するそぶりも見せはしたけど、よっぽど疲れていたんだろう。ほんの数秒でことりと静かになった。

 * * *

 わたしは、眠っているふたりを起こさないよう静かに布団を出た。洗濯され脇に置かれていたもとの赤いワンピースに着替え、洗面所に行って顔を洗ったあと、ことことと物音のする台所へと向かった。
 からりとガラス戸を開けると、ダイニングキッチンというにはちょっと小さいような、昔ふうの板張りの台所だ。四人がけの木製テーブルが置かれてある。夕べもここに座って、わたしと男の子は握り寿司をご馳走になった。
「おはようございます」
 わたしが言うと、白いかっぽう着でまな板に向かっていた松戸博士が「おや、真希ちゃん、おはよう」と振り向いて笑ってくれた。
「まだ寝てていいんだよ。これからご飯を炊くところだから」
「わたし、手伝います……」
 そう言おうとしたら、博士は「いいよ、いいよ」と手を振った。
「怪我でもすると大変だ。そのへんに腰かけといで。話をしよう」
 博士の言うとおり、おとなしくテーブルの前に座る。うっかり忘れてた。わたしいま、人を殺す病気に感染してるんだ。そんな人間が料理なんかしちゃまずいよね。
 博士は、とんとんと軽快に包丁を使いながら、わたしに話しかけた。
「しばらくは雨だそうだ。真希ちゃん、昨日じゅうにうちに着いてよかったねえ」
 わたしは「はい」とうなずき、テーブルに腕を乗せて、窓ガラスの向こうの、緑の葉っぱにぽとぽと落ちる雨だれを、しばらく眺めた。

「真希ちゃんはうんと小さいときにも、うちに来たことがあるんだよ」
 博士の声に、わたしはぼんやり振り返る。
「ここに……ですか?」
 松戸博士はわたしに背を向けたまま、こくこくと首を縦に振った。
「たぶん、三歳ぐらいのときだから記憶にないだろうね。ちょうどいまの季節のもうちょっとあとかな。お父さんとお母さんと一緒に遊びに来た。うちもまだにぎやかでね、夕べみたいに全員で川の字になって寝たんだ」
 憶えてない。
「翌日に、江ノ島にうちの家族とみんなで行って、君が迷子になった」
 あ、ひょっとして。
「わしらも一緒に必死で探した。見つかったというんで慌てて迎えに行ってみたら、君ときたら保護された海の家でちゃっかり、かき氷か何かご馳走になってた」
「憶えてます」笑いながら応える。
 ……それはたぶん、わたしのいちばん最初の記憶だった。

 そういえばあの朝も、お母さんはわたしに向かって言ってくれてたような気がする。まるでお母さんの口ぐせのようになってた、あの言葉。
「真希ちゃん、今日も一日、とてもいい日でありますように」

 でもその日、ふと気付くとまわりには誰もいなくて。お父さんもお母さんもいなくて。知らない人ばかりでわたしはとても寂しくなり、大声を上げて泣いてしまった。
 そしたら、いきなり右腕をつかまれた。強い力でぐいぐい引っぱられて、近くの海の家まで連れてかれた。引っぱっていたのは自分よりちょっと大きいぐらいの男の子だ。ずいぶん日に焼けて、小麦色の肌をしていた。
「母ちゃん、こいつ迷子!」
 店の中にいた大人の人に、その男の子はぶっきらぼうな口調でそう言った。
 あのときつかまれた腕の感触。
 記憶がこれほど鮮やかによみがえったのは、ほんの数日前、同じような状況を味わったせいかもしれない。お父さんを殺したあいつらから、逃げなきゃならなくなったあのとき、あの人に腕を強引に引っぱられ抵抗しながらも、わたしはどこかで希望を見つけたような気がしていたんだ。

 からり、と音がして顔を上げたら、入り口にパジャマ姿の男の子が立っていた。
 わたしが「おはよう」と言うと、彼もニッコリと笑顔を返してくれた。
「もうすぐご飯ができるから、顔を洗ってきて」と言おうと思ったんだけど、どう言えばいいのかまったくわからない。何とか身ぶり手ぶりで伝えると、男の子はまたニッコリ笑って、ちゃんと洗面所へ行ってくれた。
 たしかLは、この子と英語で会話をしてたんだよね。まさか考えてもみなかった。こんなことになるならわたしも、ちゃんと英語を習っとけばよかったかなあ。
 ずいぶん前にお父さんが習わせてくれてたんだけど、わたし途中でやめちゃったんだ。塾だってあるし、そんな時間があったら入院してるお母さんと一緒にいたかったし、忙しいとめったに家に帰ってこれないお父さんの顔が見たかった。
 でもいまはそんな心配もないよね。よーし、今度から習っちゃおかなあ……って、誰にそれを言えばいいんだろう。お父さんもいないのに。
 何よりわたしに、そんな機会は来るの?

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15日目の雨の朝 2

Ty17l04

 * * * 《 2 》

 やがて、炊飯器がしゅうと湯気を吹き、お味噌汁も煮えてきたようだ。台所には、ほかほかとおいしい匂いが立ち込めた。
「そろそろご飯ができるから、あのお兄さんも起こしてきてくれないかね」
 そういう博士の言葉に、わたしは台所から居間へと抜け、襖を開けて仏壇の部屋に戻った。
 この部屋は家の奥に位置しているから、日中でも電気をつけないとちょっと暗い。わたしは腕をのばして、ぶらさがった蛍光灯のスイッチを引っぱった。ブゥゥゥンと音が鳴り、しばらくしてカチリと青白い明かりがついた。
 顔を洗い終えた男の子が気付いて、廊下側の障子を開けこちらに入ってくる。
 Lは、ガーゼの掛け布団にくるまりカブトムシの幼虫みたいに丸まって、まるで赤ん坊がするように指をくわえた状態で、布団の上にくったりと横たわっていた。

「L、朝だよ起きて」
 枕もとでそう呼びかけようとし、急に言葉が詰まった。
 Lの寝顔は透きとおるように白くて、まるであのときのお母さんみたいだった。
 どんなに名前を読んでも揺すっても、起きてくれなかった、応えてくれなかった、笑い返してくれなかった、あのときのお母さんにそっくりだった。
 感じた。この臥せたまつ毛は、もう二度と開かないかもしれない。

「……L、エル、L!」
 わたしはLの肩に手をかけ、必死で揺さぶった。
「死なないで! 死なないで!」
 男の子がそんなわたしにびっくりしたのか、一緒になってLに跳びついた。
 ふたりで必死にLを揺すった。やがて男の子が大声を上げて泣き出し、わたしもたまらなくなった。涙があとからあとから溢れてきてどうしようもない。ふたりでわんわん泣きながら「死なないで、死なないで」と、Lをめちゃくちゃに揺さぶった。
「生きてます」
 Lがいきなり、ぱっちりと目を開けた。
「生きてます」
 またそうつぶやき、Lはがばっと身を起こした。それから呆然としてあたりを見回した。大きくしゃくり上げているわたしたちと目が合うと、戸惑うように視線を泳がせ、何回も瞬きをした。
「いったい、何の騒ぎじゃ?」
 かっぽう着姿の松戸博士が、襖を開けてこちらをのぞき込む。
「状況が、把握……できません」
 まだ呆然としたまま、Lはそう応えた。博士は持っていたおたまを彼に向け
「おんな子どもを泣かせるとは、おぬしも罪な男じゃ」
 と、意味不明なことを言った。

 Lが着替えているあいだに、わたしも顔をもう一回洗うことにした。
 鏡の中の、涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て、さっきの自分がやたらと恥ずかしく感じた。……変なの。何であのとき、あの人が死ぬなんて思ったんだろ。
 ばしゃばしゃと顔を洗い、ふと顔を上げると後ろに、いつもの白い長袖Tシャツとジーンズに着替えたLが、ぬそっとして立っている。髪の毛がものすごい寝ぐせだ。たしか夕べ、ろくに乾かさずに寝たんだよね。
「あ、どうぞ」
 慌てて場所をゆずった。Lは洗面台の前に立つと蛇口をひねり、手を水でじょぼじょぼ濡らした。袖さえまくろうとしないから、わたしが「袖、袖」と慌てて横からまくってあげた。
 Lはまるで、憶えたての子どもがするように、じつにぎこちない手つきで顔を洗う。なるほどこのありさまでは、夕べのお風呂はさぞかし大変だったに違いない。
 手先が不器用というわけでは決してないと思う。一昨日、ウイルスに感染したわたしを調べたときは、まるで本物のお医者さんみたいに手際が良かった。きっとこの人、興味のあることと興味がないこと、できることできないことの差が大きいんだ。

 わたしは白いタオルを腕にかけて、丸めたその背中をじっと眺めた。
「何ですか」
 下を向いたまま、Lがわたしに聞いた。
「うん。ちゃんと生きてるな~って、思って」
 わたしがそう応えると、Lは「生きてます」とつぶやき、きゅっと蛇口をしめた。
「なぜさっき、泣いていましたか」
 そんなことをわたしに聞く。
「えっ?」
「わたしとあなたは、ほんの数日の知り合いでしかありません。お互いのこともほとんど知らない。たとえわたしがあそこで死んでいたとしても、あのように激しく泣くような理由はないのでは」
「……泣くのに、理由がいるの?」
 そう問い返した。
「知り合ったばかりとか、お互いのこと知らないとか、そういう問題じゃないでしょ? 死んだらもうその人は、そこにはいなくなるんだよ。喋ったり笑いあったり、いろんなことができなくなっちゃうんだよ? 二度とできなくなっちゃうんだよ?」
 何だか自分が、ひどく腹をたてていることに気付いた。
 ワタシガ死ンダッテ、コノ人ハ泣カナイノダロウカ。

「ねえL、そんなこと簡単にあきらめられる?」
 わたしのリュックには、使われなかったメジャーが入ったままだ。あの夜、お父さんの肩幅を計ろうとして結局、使わなかった裁縫用のメジャー。わたしは心のなかで、そのメジャーをLの丸まった背中に押しあてた。
「どんなに遠い場所にいたって同じこの世界にちゃんと生きてるのと、この世にいないっていうのは違うの、全然違うの。L、わかる?」
 Lは向こうを向いたまま、応えてくれない。
「ねえL、目の前で人が死んだとこ、見たことある?」
 Lは応えない。そしてふたたび蛇口を開いて、今度は寝ぐせのついた髪の毛に、びちゃびちゃと水をかけ始めた。せっかくまくったのにいつのまにかすべり落ち、水に濡れていく白い袖口。
「黙ってないで応えてよ。ねえ目の前で人が死んだとこ、ちゃんと見たことある?」
 洗面台に頭を突っ込んだままLは、小さな声で言った。
「……あります」
「誰? お父さん? お母さん?」
 Lは応えてくれない。
「兄弟? お友だち?」
 この人に対してひどく残酷なことをしているのかもしれない。そう思う。だけど止まらなかった。不器用なこの人が、自身の力ではどうしても引っぱり出せずにいる何かを、わたしはいまこの手で引っぱって、引きずり出してやりたかった。
「ワタリ?」

 あなたが自分の口から、もういないって言った人。ワタリ。

「ワタリって人は、Lの何だったの?」
 突然、Lが手をこっちに向けて突き出してきた。
 あまりにもいきなりだから、ぶたれると思ってつい身をすくめたわたしに、彼は下を向いたままこう言っただけだ。
「……タオル」

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15日目の雨の朝 3

Ty17l04

 * * * 《 3 》

 タオルを使うLの濡れた袖口を、わたしは横からドライヤーで乾かした。水のこぼれた床をせっせと雑巾で拭きながら、わたしは密かにいま自分が口にしたことを後悔していた。いらいらして余計なことを言ったかもしれない。ごめん、L。
「お~い、ご飯だぞ~」
 そんな松戸博士の声に、わたしたちは慌てて台所に戻った。
 朝ご飯は博士の手により、すでにテーブルに準備されていた。四人がけのテーブルの、わたしの正面に博士、その隣に男の子。わたしの隣はLだ。わたしはお腹がぐうと大きく鳴ったのを慌てて手でおさえた。さっきあんなにいらいらしたのは、きっとお腹が空いてたせいだよね。ほんとにごめんL。

「いただきます」
 みんなで挨拶をして、お箸を手にとった。
 五分づきのご飯に、実だくさんのお味噌汁。さつまいもとかぼちゃと玉ねぎ、にんじんにさやいんげん、厚揚げ豆腐。テーブルの中央には大きな器に入ったたくわんとかぶ漬け。それぞれに卵焼きがふた切れずつと納豆。……わたしは、納豆は遠慮しとこっと。
 ちょっと心配になって男の子を見たら、ちゃんと器用にお箸を使ってご飯を食べている。そっか、タイってお箸も使うんだっけ。日本の食べ物もどうやら大丈夫そう。わたしが苦手な納豆さえ、平気でぱくぱく口に入れてるし。そういえば昨日は、お寿司だって元気に頬ばってた。
 問題なのはむしろ、わたしの横に座っているこの大きなお兄さんのほうだ。
 いちおう席に着いてはいるものの、膝を抱え背中を丸めたままで、お箸さえ手に持とうとしない。

「ん? どうしたLくん、腹は減ってないのか?」
 博士がLに質問した。
 そんなわけはないだろう。この人は夕べもご飯を食べなかった。あれだけたっぷりご馳走になったわたしたちがこんなに空腹なんだから、彼は当然ぺこぺこのはずだ。お腹がぐうぐういう音だって、さっきからしっかり聞こえてる。
「そうか、白いご飯が苦手なんだろう。そんなときのために秘密兵器があるぞ!」
 博士は戸棚から「じつはうちの孫もそうじゃ」と、小袋に入ったふりかけを出して、テーブルの上にざあっと並べた。
「アンパンマン、バイキンマン、ジャムおじさん、メロンパンナちゃん、クリームパンダくん、カレーパンマン。どれでも好きなのを選んでいいぞ!」
 ここ数日Lを見ていて、この人の場合たぶんそんな問題じゃないと思ったから、わたしはおそるおそる博士に言ってみた。
「ひょっとしたら、Lがご飯を食べないのは、甘くないからかもしれません」
 おおそうか、というように、博士が自分でも選んでいたふりかけの手を止める。
「だったら卵焼きは甘いぞ。ほら食べてみい」
 そんなふうにLにうながす。わたしもちょっと勧めてみた。
「お味噌汁も、さつまいもとかぼちゃだったら、ほんのり甘いよ」
「ほら、ひとくち」
「ひとくちよ」
「どうだ、ひとくち」
「ひとくちだから」
「まあまあ、ひとくち」
「ひとくちなのよ」
「ほーれ、ひとくち」
「ひとくちひとくち」
 わたしたちの執拗な「ひとくち」攻撃に、Lは冷静に耐えた。そしてうつむいていた顔をくるりとこちらに向けると、毅然とした表情で主張してみせた。
「食事は自分で選びます」
「何じゃ?」
「食事の内容は、わたしが自分で選びます」
 そんなLのようすに、博士はふふんと笑みを浮かべた。わたしがこっそり見回すと、昨夜そこかしこに置いてあった甘いお菓子類は、全部どこかに片付けられてある。
 松戸博士はじつに威厳のある口調で、Lにこう申し渡した。
「お菓子を食べてよいのは、ちゃんとご飯をごちそうさましてからじゃ」

 いよいよ我慢の限界に達したのだろう。Lは、がたんと大きな音をたて椅子から立ち上がった。そしてお箸を逆手に持ちぐさりとご飯に突き刺した。口をぱくぱくさせ、何か言おうとしている。
「他人と違……嗜好……きちんと自覚し……あなたがたには理解……がこれ……理由……なのに黙っ……ども扱……誤解……と考え……どうせあと……ぬのに……何もかも調子が狂っ……いまは感情……まとまらない!」
 きちんと言葉にできないらしい。そのまま踵を返し台所から出ていこうとした瞬間、目測を誤ったのか、ガラス戸の端に思いきり右足の小指を激突させた。
 ガシャンと大きな音がして、彼が声にならない悲鳴を上げたのがわかった。そのまま戸口にくたくたとへたり込むと、右足を押さえ、丸く小さくうずくまる。
 ぴたりと動きを止めたLを、わたしたちは息を呑んで見守るしかなかった。
 雨の音に混じって、ぱり、ぽり、ぱり、ぽりという音が、台所にやたらと響いている。男の子がたくわんを噛んでいる音だ。
 わたしも博士も、そしてLも、固まったまま時間だけが過ぎた。

「ふーーーーっ」
 やがて、大きなため息をつきながら、Lはゆっくりと身を起こした。
 立ち上がると、まるで何事もなかったような、やたら涼しげな顔をしてふらりとこちらに向き直る。そして静かにもとのテーブルに戻って席につき、さっきと同じように膝を抱えた。
「お、そうじゃそうじゃ。いいものがある!」
 気を取り直したように、博士が慌てて冷蔵庫の扉を開け、ショッキングピンクの粉みたいなものを取り出した。よくちらし寿司の上にかかっているあの甘いやつだ。
「きっと桜でんぶなら大丈夫だ。食べられる。かけてあげなさい」
 そう言いながら、それが入った袋をわたしに手渡した。ちらりと賞味期限が読み取れたけど、その問題についてはわたしが一生、胸にしまっておこう。
 わたしは立ち上がり、スプーンを使って、彼のご飯の上に桜でんぶをたっぷりと降りかけてあげた。Lは背中を丸めそれを黙って眺めている。

「その箸は取ってやってくれ。死人みたいで縁起が悪い」
 博士の言葉にわたしは慌てて、ご飯に突き立っていた二本のお箸を抜いた。
 そのまま静かにLの手に握らせる。反対側の手にはお茶碗を渡した。Lはわたしにされるがままになっている。
「あと、膝」
 松戸博士の声に、Lは椅子の上にあった両足を、すとんと床に落とした。
 わたしが席に戻ったあと、やがてLは不器用に持った箸で、真っピンクになったご飯を掬いとり、おそるおそる口に入れた。
「……大丈夫?」
 こくり、とLがうなずく。
 ぱちぱちぱち、と博士が拍手をした。男の子も食べていたお箸を置いてぱちぱち拍手をした。わたしもぱちぱち拍手をしながら、なんだかふいに涙がこみ上げてきた。
「どうして泣くのですか」
 Lが、お茶碗とお箸を持ったまま、わたしに聞く。
「えっ?」
 どうしてだろ。
「えっと、えっと、えっと……何でだろ……わかんない、わかんない」
 わたしはそう応えて笑った。泣きながら笑った。

 * * *

 そのあとLは二杯もおかわりをして、桜でんぶをすべて使い切った。卵焼きはおろか納豆までちゃんと平らげ、お味噌汁も一滴残らずぺろりとお腹におさめた。
 ごちそうさまのあと、Lと男の子と三人がかりで食器類を片付け仏間に戻ると、仏壇に新しい線香が上がっていた。博士の亡くなった奥さんの写真に、わたしたちも手を合わせた。
 布団を畳んで、出かける準備を始める。
「あれ、ない?」
 リュックを背負ったわたしが、あたりをきょろきょろ見回していると、Lが「これですか」と、布団のあいだに長い手を差し入れ、クマのぬいぐるみを引っぱり出した。
「布団にまぎれて、うっかり一緒に畳んでしまったようです」
 そう言いながら、わたしに手渡す。
「よかった。迷子になっちゃったって思った」
 わたしが言うと、Lは棒キャンディをくわえた口の端を、ちょっとだけ上げてみせた。
 博士と一緒に車庫まで出ていた男の子が、「Hurry up!」とわたしたちを迎えに戻ってきた。ふたりで競争しながら玄関を出てばたばたと車に乗り込むと
「ひさしぶりのにぎやかさだなあ」
 運転席の博士が、そう言って楽しそうに笑った。
 Lが助手席に座り、わたしたち四人を乗せた車は出発した。雨の中をこの近くにあるという大学まで向かう。研究施設を使わせてもらうためだ。
 これから本格的に、わたしたちのウイルスとの戦いが始まる。

 わたしは、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてお母さんを思った。
 リュックの中のメジャーとお父さんのことを思った。
 写真の中で見た博士の奥さんのことも思った。
 隣に座る男の子の、たぶん死んでしまったご両親のことも思った。
 わたしが一度も会えなかった、ワタリという人物のことも思った。

 そして心の中で、みんなに願った。

 今日も一日、とてもいい日でありますように。
 たとえ雨が降り続いていても、明日はどうなるかわからなくても
 今日だけは一日、とてもいい日でありますように。

                                     (おわり)

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「15日目の雨の朝」アンケート

Ty17l04

「15日目の雨の朝」、おかげさまで、終了しました。
先日申し上げましたとおり、感想アンケート募集します。
差し支えなければ皆さま、お応えくださいませ。

 * * *

【1】 お気に入りのキャラは誰?
(A)L  (B)その他(           )

【2】 お気に入り、または逆に不満のあるシーンは?
(                        )

【3】 ガッツリご飯を食べたことについて、率直にどう思われますか?
(                        )

【4】 これからどんなものを読みたい?
A デスノート・LcWの二次創作シリーズ
B デスノート・LcW以外の二次創作(    )
C 二次創作以外の小説(    )
D 小説以外の創作作品(    )
E 映画の感想など、創作以外のもの

【5】 そのほか感想、質問、意見などあればどうぞ。
(                        )

メールのあて先は、こちら→「tomtit」へのメール
※回答には、お手数ですが上の文章をコピペしてお使いください。

 * * *

というわけで
すンごくかわいそうなLのお話(笑)、終わりました。

雨が降ってるのに、洗濯物が早く乾きすぎのような気がしますが
博士の家の洗濯機は、最新式の斜めドラムのエアウォッシュのやつ
とか、そういうことにしておいてください(笑)。

じつは、うちの洗濯機、いまだに古い二槽式なんです。
斜めドラムのエアウォッシュは、憧れなんです。
次に買うときは、斜めドラムのエアウォッシュにしたいのですが
洗濯機置き場が屋外に設置されているので
そんなところに、そんな高級な洗濯機は置けないだろうと
じゃあ、どこに置けばいいんだと
買ってもいないうちから、ウウンと悩む始末で。

……で、なんで洗濯機について語ってんだ?

 * * *

Lお兄ちゃんとニアくんのお話も、いちおう完成させることができました。
(さらに直しなど入れることになるので、発表はいましばらくお待ちを)

おかげさまで、昨日は余韻にひたりまくりで
えるるんの映像をくり返し見ては
萌え萌え……という「Lデー」でしたわ~(笑)。

ところで、そんなこんなやってるうち、すっかり忘れてたんすけど
わたし、この秋ペンタブレットを導入するつもりだったんですわ。
先日、友人から「そういえばペンタブ買った?」って聞かれて
ようやく「あっ」って、思い出しました次第で(笑)。

いままでイラストは、紙に描いてスキャナで読み込み
それに、マウスを使って色塗りをするという
やたらめんどくさくて、雑な方法をとっていたのですが
ペンタブレットを使うと、そのへんはかなり楽ちんになるし
最初は、慣れるためにいろいろと描かなきゃならないでしょうから
イラストを載せる機会は、ひょっとすると、いまより増えるかもしれません。

そうね、そうだわよね。
一度、ちゃんとまともにLを描いてみたいわよね!

Tc0601
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