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15日目の雨の朝 1

「15日目の雨の朝」
映画「L change the WorLd」をベースに創作した
二次創作(スピンアウト)小説「L spin out the life」の、ひとつめの番外編です。

若干、設定の変更もありますが
LcWの二次創作として、そのまま読むこともでき……できるのかな(笑)。

Lが変わっていくようすを、もっときめ細やかに
子どもたちの目を通して描きたいと思い、作りました。

今回、けっしてかっこいいLではありませんが
はっきりいって、超かっこ悪いところ満載ですが(汗)
人間として成長する彼と、子どもたちとの強くなっていく絆を
っくり見守ってあげてください。

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15日目の雨の朝 《 1 》

 かん、かん、かん、かん、と雨樋からしたたり落ちる雨の音で、目を覚ました。
 一瞬、自分がどこにいるのかわからなくてきょろきょろしたけど、すぐにお父さんの知り合いの、松戸博士って人の家だって思い出した。
 起き上がると、仏壇のある八畳ぐらいの部屋。うす暗くて、線香や防虫剤の混じった古い家の匂いがする。夕べわたしたち三人は、この場所に布団を川の字に並べて眠ったのだ。
 隣を見るとタイから来たという小さな男の子が、その向こうにはLという名のいっぷう変わったお兄さんが、夏布団にぐるぐるとくるまり横たわっている。

 * * *

 昨夜、この家に着いたわたしたちは、家の主に事情を説明した。
 わたしの父、二階堂公彦により作られた殺人ウイルスが研究所から流出し、タイの農村で生物テロに使われたらしいこと。それを知った父が、テロから人々を守るためにウイルスとそのワクチンもろとも研究室に火をつけ、死んでしまったこと。残りのウイルスを託されたわたしが訪ねたのが、Lという探偵だったこと。あとを追ってきたテロリストたちの前で、わたしが激情のあまりそのウイルスを自分自身に接種、感染してしまったこと。
 そして、自分の一夜漬けの知識では対処できない、そう判断したLとわたしたちが、ウイルス研究の第一人者だという松戸浩一博士に協力を請うべく、自転車で一日半かけてこの鎌倉までやってきたこと。
 松戸博士はことの重大さに気付き、快く協力を申し出てくれた。
 時間も遅いというのでその夜は、やもめ暮らしだという博士の家でゆっくり休むことになった。わたしたちも交代でお風呂を使わせてもらい、汗まみれの服も洗濯してもらった。Lは博士からの強い勧めのまま、男の子とふたりで入浴させられた。

 だけど、男の子と一緒にお風呂から上がってきたLは、さっぱりした湯上り、という風情とはほど遠く、まるですべてを消耗しきったという顔つきだった。
 そのうえ借りたパジャマが、ものすごく小さい。
「……服は、明日までには乾きますよね」
 悲壮感を漂わせ、Lはそう言った。
 わたしは、九州にいるという息子さん一家の、お嫁さん用だという寝巻を借りていた。わたしにはちょっと大きめ。そして男の子は、お孫さんのパジャマがジャストフィットだ。のっぽのLだけがやたらつんつるてんで、もてあますような長い手足がむき出しだった。おまけにボタンも左右を掛け違えてる。
「すまんすまん、うちの息子は背が低いんじゃ」
 そんなふうに言う松戸博士の口調はあまり、すまないという感じじゃない。
「……服は、明日までには乾きますよね」
 おもしろい、何度も言ってる。身なりにはまったくかまわないオタク人間に見えてたけど、この人にはこの人なりのこだわりがきっとあるんだ。

 松戸博士がせっかくだと奮発してとった晩ご飯のお寿司が、テーブルに並んでいるのを見たとたん、Lは「食欲がありません。寝ます」と踵を返した。この仏間に入り、隅っこに行ってうずくまろうとするところを博士に止められた。
「こらこらこら、そっちは床の間じゃ。どこの世界に床の間なんかで寝る奴があるか。眠るのならこっちへ来て、ちゃんと布団に入りなさい」
 引っぱり出され、無理やり布団の中に押し込められてしまった。
 Lは少し抵抗するそぶりも見せはしたけど、よっぽど疲れていたんだろう。ほんの数秒でことりと静かになった。

 * * *

 わたしは、眠っているふたりを起こさないよう静かに布団を出た。洗濯され脇に置かれていたもとの赤いワンピースに着替え、洗面所に行って顔を洗ったあと、ことことと物音のする台所へと向かった。
 からりとガラス戸を開けると、ダイニングキッチンというにはちょっと小さいような、昔ふうの板張りの台所だ。四人がけの木製テーブルが置かれてある。夕べもここに座って、わたしと男の子は握り寿司をご馳走になった。
「おはようございます」
 わたしが言うと、白いかっぽう着でまな板に向かっていた松戸博士が「おや、真希ちゃん、おはよう」と振り向いて笑ってくれた。
「まだ寝てていいんだよ。これからご飯を炊くところだから」
「わたし、手伝います……」
 そう言おうとしたら、博士は「いいよ、いいよ」と手を振った。
「怪我でもすると大変だ。そのへんに腰かけといで。話をしよう」
 博士の言うとおり、おとなしくテーブルの前に座る。うっかり忘れてた。わたしいま、人を殺す病気に感染してるんだ。そんな人間が料理なんかしちゃまずいよね。
 博士は、とんとんと軽快に包丁を使いながら、わたしに話しかけた。
「しばらくは雨だそうだ。真希ちゃん、昨日じゅうにうちに着いてよかったねえ」
 わたしは「はい」とうなずき、テーブルに腕を乗せて、窓ガラスの向こうの、緑の葉っぱにぽとぽと落ちる雨だれを、しばらく眺めた。

「真希ちゃんはうんと小さいときにも、うちに来たことがあるんだよ」
 博士の声に、わたしはぼんやり振り返る。
「ここに……ですか?」
 松戸博士はわたしに背を向けたまま、こくこくと首を縦に振った。
「たぶん、三歳ぐらいのときだから記憶にないだろうね。ちょうどいまの季節のもうちょっとあとかな。お父さんとお母さんと一緒に遊びに来た。うちもまだにぎやかでね、夕べみたいに全員で川の字になって寝たんだ」
 憶えてない。
「翌日に、江ノ島にうちの家族とみんなで行って、君が迷子になった」
 あ、ひょっとして。
「わしらも一緒に必死で探した。見つかったというんで慌てて迎えに行ってみたら、君ときたら保護された海の家でちゃっかり、かき氷か何かご馳走になってた」
「憶えてます」笑いながら応える。
 ……それはたぶん、わたしのいちばん最初の記憶だった。

 そういえばあの朝も、お母さんはわたしに向かって言ってくれてたような気がする。まるでお母さんの口ぐせのようになってた、あの言葉。
「真希ちゃん、今日も一日、とてもいい日でありますように」

 でもその日、ふと気付くとまわりには誰もいなくて。お父さんもお母さんもいなくて。知らない人ばかりでわたしはとても寂しくなり、大声を上げて泣いてしまった。
 そしたら、いきなり右腕をつかまれた。強い力でぐいぐい引っぱられて、近くの海の家まで連れてかれた。引っぱっていたのは自分よりちょっと大きいぐらいの男の子だ。ずいぶん日に焼けて、小麦色の肌をしていた。
「母ちゃん、こいつ迷子!」
 店の中にいた大人の人に、その男の子はぶっきらぼうな口調でそう言った。
 あのときつかまれた腕の感触。
 記憶がこれほど鮮やかによみがえったのは、ほんの数日前、同じような状況を味わったせいかもしれない。お父さんを殺したあいつらから、逃げなきゃならなくなったあのとき、あの人に腕を強引に引っぱられ抵抗しながらも、わたしはどこかで希望を見つけたような気がしていたんだ。

 からり、と音がして顔を上げたら、入り口にパジャマ姿の男の子が立っていた。
 わたしが「おはよう」と言うと、彼もニッコリと笑顔を返してくれた。
「もうすぐご飯ができるから、顔を洗ってきて」と言おうと思ったんだけど、どう言えばいいのかまったくわからない。何とか身ぶり手ぶりで伝えると、男の子はまたニッコリ笑って、ちゃんと洗面所へ行ってくれた。
 たしかLは、この子と英語で会話をしてたんだよね。まさか考えてもみなかった。こんなことになるならわたしも、ちゃんと英語を習っとけばよかったかなあ。
 ずいぶん前にお父さんが習わせてくれてたんだけど、わたし途中でやめちゃったんだ。塾だってあるし、そんな時間があったら入院してるお母さんと一緒にいたかったし、忙しいとめったに家に帰ってこれないお父さんの顔が見たかった。
 でもいまはそんな心配もないよね。よーし、今度から習っちゃおかなあ……って、誰にそれを言えばいいんだろう。お父さんもいないのに。
 何よりわたしに、そんな機会は来るの?

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