ウルトラミラクルラブ・後
この写真、気に入っちゃった(笑)。
えーと、いろいろ考えているうちに
ひょっとして、もンのすごく深いんじゃないかこの話
という気になってきた、ということでしたね。
今回、それをみっちり語るつもりなんですが
完全にネタばれなので、見てないかたはご注意!
「ウルトラミラクルラブストーリー」(2009/横浜聡子 監督)
ラストシーン(いきなりラストかよ!)
町子先生と子どもたちと“陽人”が
山のなかで、遊んでいるシーンで
宮澤賢治の詩の断片がいくつか、唐突に頭に浮かびました。
「すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの」
「空からも風からも
透明な力が、その子どもに、うつれ」
いや、ただ単に東北弁だったからなのかもしれないけど
(しかも、げんみつにいうと、賢治は岩手弁なんだけど)
世界観もね、似てるような気がしたんです。
「死」を内包する「生」みたいな。
最初、あのラストは
町子先生は、山へ“陽人”を戻しに行った。
そこへ現れた恐ろしい敵から
“陽人”が、町子先生たちを守った、と、単純に思ったんです。
でも、それだと、何か違和感があります。
賢治の世界観だとすると
あのクマは、単純に敵とは見なせない。
そもそも山というのは、霊界との境目です。
クマは何かの遣い、化身と見るべきなのでは?
だって、人間があれだけ騒いでたら
ふつうのクマなら逃げるでしょう。
なのに、あのクマは寄ってきたんです。
まるでみんなの遊びに、導かれるように。
物語の中盤で、町子先生は「恐怖が生き物を進化させる」
という持論を展開させていました。
そういう町子先生は、元カレのトラウマから
なかなか抜け出せない、過去にとらわれたままの人。
いわば、進化できずにいる人。
* * *
ここで、今度は
「八郎」(斎藤隆介 著/滝平二郎 絵) という
創作童話を、思い出しました。(ちなみにこれは秋田弁だべ)
大男の八郎は、いつも「大きくなりたい」「大きくなりたい」
と、一途に願っているんです。
なぜ自分がそう思うのか、自分でもわかりません。
それでも彼は「大きくなりたい」「大きくなりたい」
と願っているんです。
ある日、八郎は
大波に田畑を流され、泣く村の人々を目にします。
そして、荒れくるう海原を前にし、彼は
自分の存在が、いったい何のためだったのか
はじめて理解します。
「わかったあ! おらが、なしていままで
でっかく、でっかくなりたかったか」
そうして八郎は
自分の生命と引きかえに、村を大波から守るのです。
* * *
陽人はなぜ、あれだけ一途に
町子先生のことを思ったのでしょう。
彼は、いったい何のために存在していたのか。
ひょっとしたら
彼女が、自分の力ではどうしても踏み出せなかった一歩を
前に踏み出させるために、彼女を進化させるために
彼は、存在していたのかもしれない。
その答えに、行き着いたとき
わたしは心をうごかされました。
陽人の愛は、常人には理解できないほど
とてつもなくデッカイ愛なんだったんだなって。
まさしく、ウルトラミラクルなラブだったんだなって。
……あ、いや、これって全部ただのこじつけで
わたしの思い込みなだけかもしれないんですけどネ。
いろいろ引き合いに出した、他の作品についても
単にわたしがそう感じたのと
例を挙げたほうがわかりやすいかなと、思っただけで
まったく見当ちがい、ということもあるかも(笑)。
それにしても
本当に、松山ケンイチくんの演技は見ごたえがあります。
それだけでも、オススメです。
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