見上げた空は 1
泉美トモが初めて書いた、BL(ボーイズラブ)小説です。
じつは、単行本1冊ほどのボリュームがある大長編。
けっこう読みごたえがあると思います。
力をいれず、気軽にお楽しみくださるとうれしいです。
まあ、しかしながらここだけの話……
じつは、男子大学生ふたりとオヤジという
フクザツな人間関係は、とうてい一筋縄ではいかず
おそらくこの後も、シリーズとして続くのではないか
という予感が、恐ろしいけれども、しています。

見上げた空は ≪ 1 ≫
サンタクロースをやるハメになった。
初体験なのに、そんな重要な役なんてと思ったけど、赤い衣装と白ヒゲをつけて化粧室から出たとたん、よっちゃんがカウンター席から身を乗りだすようにして
「大山くん、すっげえ。似合う!」
そう言ってくれたので、なんだか自信が湧いてきた。
そもそもこの話はよっちゃんが去年までいたという養護施設の繋がりだ。クリスマスイブにサンタの格好で病院などに行くボランティアなんだけど、その賛助家庭をサンタが訪問するなんて活動もあるのだ。
よっちゃんは大学に入ったらぜひやりたいと思っていたそうで、おれもそれに誘われたってカタチ。メンバーはもうすぐ商店街の集会所に集合するようになっている。
おれたちは集会所の近くにあるよっちゃんのバイト先を、待ち合わせ場所に選んだ。商店街のメイン通りから少しはずれた喫茶店『カルカヤ』は、イブの喧騒をよそに静かなもので、ママさんは、おれたちがそこで衣装に着替えるのも快く許してくれた。
おれ、大山賢太とよっちゃんこと水村好男は、同じ大学に通う一年生。おれは社会福祉学科、よっちゃんは国際学科と専攻は違うけど、クラブは同じ映画研究部に所属だ。
自主映画を作ったりそれを映画祭に出品するのが主な活動で、おれたちのいくつか先輩までは賞を取るレベルの高い部だったんだけど、現在その名残りはない。いつも部室に来るのは、黒木カオルっていう同じ一年の映画オタクと、おれとよっちゃんの三人だけ。
その黒木はいま、二階に細長く作られた店の窓際ボックス席に座り、不機嫌そうにコーヒーをすすっている。
「大山、そんなにサンタクロースが似合うんだ。せっかくならボランティアじゃなくて、ケーキ屋かピザの宅配のバイトでもやって、資金を調達すればよかったんだ。まあ、どうせ脚本もできてないんじゃ、映画作りはまだまだ先だろうけど」
いつものごとく皮肉たっぷりな黒木の口ぶりだが、そのとおりなので言い返せない。
「脚本って。もしかして大山くん、夏ぐらいから書く書くって言ってなかった?」
カウンターの中から、ママがハスキーな声でおれに聞いた。
「はあ、そうなんスけど……ちょっと」
おれは、もう頭を掻くしかできない。
カルカヤのママは、四十代後半ぐらいのすごい美人。ウエーブのかかった髪を無造作に後ろで束ねている。昔は役者だったそうで、マイナーながら映画にも出演したという。ただ厳密には女優……ではないらしい。詳細は不明だが。本名が「舜介」で、近隣では有名人物だというのは、もともと地元の人間であるよっちゃんからの情報だ。
よっちゃんは、すっごくいいやつだ。
初めて会った頃、よっちゃんはおれの言うことを興味を持って聞いてくれて、それまでおれが、みんなにウソだって言われてバカにされてきたことだって、ちゃんと信じてくれた。おれはそれが嬉しくてよっちゃんと仲良くなって、以来ずっと二人でつるんでいる。
「せっかくだから、並んでみなさいな」
ママの声によっちゃんはニッコリして席を立ち、おれの横に並んだ。おれの目線の下あたりに、よっちゃんの茶色いくせっ毛がくる。数ヶ月は伸びっぱなしの髪で、後ろには軽い寝ぐせがついたまま。
玄関のドアにぼんやり映った、自分たちの影を眺めた。
よっちゃんは細身のセーターとジーンズ姿で、首にはいつもの黄色いマフラー、頭にトナカイの角のカチューシャをつけている。よっちゃんは今回、「トナカイ」と呼ばれる裏方の仕事をすることになっていた。
「ねえママ。こうやってしゃんと背すじ伸ばすと、大山くんってすごく背え高いよね。雰囲気もすごくサンタっぽいし」
よっちゃんの言葉にママがうなずく。
「それってさ、貫禄があるっていうこと?」
まじな口調でおれが聞くと、よっちゃんはけらけらと弾けるように笑った。
「言っとくけど、おれはこの状態がベストなの。これ以上やせると、体調が悪くなんだよ」
「いいじゃん。ぼくなんかやせてるから、サンタをやりたくてもやれないし」
まったくなんでそんなにスリムなのかな。おれはちゃんと標準体重の範囲内なのに、よっちゃんが隣にいると余計にでかく見られるんだよ。だけどそれを言ったら、よっちゃんはいつも「ぼくだって平均身長に近いのに、大山くんといるとすごくチビに見られる」と口応えをしてくる。まあ、お互いさまってとこか。
「あっそうだ。さっきね、今夜ぼくたちがまわる家のリストも、衣装と一緒にもらってきたんだよ」
よっちゃんが慌ててカウンターに戻った。「ぼくたち二人はI班だって」と言いながら、紙袋からガサゴソと紙の束を引っぱり出し、熱心にめくり始める。
コーヒーを飲み終えたらしい黒木が、文庫本を手に立ち上がった。
「黒木くん、もう帰るん?」
おれが聞くと、黒木は黒縁のメガネを中指でくいっと上げた。
「映画作りのミーティングをするって言うから、四駅も離れたこの店まで足をのばしたのに、結局いつもと同じ調子じゃないか。大山、お前はなーんにも考えていないし、水村だってまるで役に立ちそうにない」
「ミーティング……するつもりだったんだけど、いろいろ忙しくて」
おれが肩をすくめると、黒木はいっそう不機嫌そうな顔になった。
「お前らと一緒にいたって、やっぱり何の進展性もないな」
そう言い残して、店を出て行った。
確かに、黒木の言うとおりだった。おれたち、集まっても下らないことを喋ったりゲームで遊んだりしてるだけで、映画研究部だというのに、いまだ何ひとつ内容のあることをしていない。
いやいや、だからこそいま一念発起で、おれが中心になって映画作ろうってしてんじゃないか。それに、そもそもきっかけは黒木の発した何気ない一言だ。
「水村ってさ、なかなか映像映えするような顔をしてないか?」
おれは最初、どういう意味かわからなかった。だけど、そのつもりになって気をつけながらよっちゃんを観察すると、黒木の言葉がしみじみと理解できた。
「たまに光の加減であいつ、別人のように見えるだろう?
額が高くて鼻すじがスッとしている。唇は薄いがあごのラインはバランスがいい。たぶん、陰影が美しく形成される顔のつくりなんだ。ライティングの変化によってさまざまに違う表情が浮かび上がる。キャメラワーク次第で、水村はおそらくころっと化けるぞ」
無遅刻無欠席で、意外と優秀な学生ってところをのぞくと、普段のよっちゃんはおれと同じくその辺にゴロゴロ転がってるような、ごく普通の男子大学生だ。ファッションには無頓着だし、女の子にもまるで縁がない。だけどおれは、そんなよっちゃんを「化けさせる」という計画に、密かに燃え始めていた。
ただしそれはまだ誰にも言ってない。黒木にもよっちゃん本人にもだ。だって……だってさ、もし「君を、美しく撮りたい」なんてことヘタに口にしたら、おかしなふうに誤解されること請け合いじゃないか?
「ねえ、大山くん」
よっちゃんが、おれを呼んだ。
「ん?」
ふり返ると、よっちゃんがこっちをじっと見ている。
おれ、たったいま「普通の男子」と言ったばかりだけど、やっぱりそうじゃないと感じた。よっちゃんの柔らかそうな髪、色白の肌、まっすぐな眉と黒い涼しげな瞳は、きっと誰が見てもかなり印象に残る。
「大山くん。ぼくやっぱり、今夜のこれ、やめようかな……」
眼を伏せ、トナカイの角をはずしながら、よっちゃんがいきなり言った。
「ええっ、いまさら何言ってんだよ。もうすぐこれ始まるんだぜ? おれたちが責任もってまわらないと、たくさんの家にサンタが来ないことになっちゃうんだよ?」
おれが慌てた声を出すと、よっちゃんは「うん、でも」と、気の乗らない返事をした。
「I班の担当はどこなの?」
カウンターの中からママが聞く。おれはこそばゆい白ヒゲを取りつつ、よっちゃんの横から書類を覗きこんだ。
「なーんだ、高尾台じゃないか。石橋さんちのすぐ近くじゃん」
石橋さんというのはよっちゃんのおじさんにあたる人だ。両親のいないよっちゃんの後見人だと聞いている。映像制作の会社をやっていて、ドキュメントのいろんな賞も取ってるすごい人だ。夏にはおれもそこでバイトさせてもらった。資料探しで自宅にお邪魔したこともあるから、おれも家は知っているんだ。
ママが皿を拭きながら、ふふっと笑うように言った。
「ひょっとして恥ずかしいんじゃない? 仮装までしてのボランティアだもの。大丈夫、高尾台は広いんだから、そうそう知り合いに会うことなんてないわよ」
そのとおりだ。トナカイの格好が恥ずかしいなら、真っ赤っ赤なサンタのおれはいったいどうすりゃいいんだ。
よっちゃんは、しばらく考えるようにしていたけど、やがてニッコリ笑って「そうだよね」と、うなずいた。
「ぼくたちが責任もってまわらないと、たくさんのおうちにサンタが来ないことになっちゃうもんね。それじゃあダメだもんね」
ふと気づくと、集合の時間が近づいてきていた。おれたちは「やばっ!」なんて叫びながらバタバタと荷物を持ち、カルカヤの玄関ドアを開けた。
「あ、よっちゃん。ちょっと待って」
ママがよっちゃんを呼びとめる。おれが階段の下まで行ってしばらく待っていると、上でカランコロン、とドアベルの音がして、襟にボワボワつきの茶色いジャケットを着こんだよっちゃんが、小さな包みを手に駆け下りてきた。
「あのね、うにたんにママからクリスマスプレゼントだって。ハムスター用のクッキーなんだって」
そう言ってよっちゃんは、明るい笑顔を見せた。



















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