戯曲 「シグナルの夢」

シグナルの夢

以前、戯曲の講座に通っていた時に
5分ほどの短い劇、という課題に沿って書いた作品です。

舞台劇の脚本なんていうのは、よほどの芝居好きでないかぎり
馴染みがうすいものだとは思うのですが
じつはわたし、この形式で物語を書くのが、けっこう好きでして。

長い劇をご覧になりたいかたは、戯曲「major」をどうぞ。

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「シグナルの夢」

【登場人物】
・男(30代後半)
・女(20代後半、名前はサヤコ)
・少年(5~6歳)

     暗闇の中、上手に男が立つ。高級っぽいがどことなく崩れた服装。
     あまり趣味のよくない白い靴を履いている。

     下手の奥には、遮断機のない小さな踏切があり、
     その警報機のすぐ下あたりに、少年が立っている。
     少年は素足にサンダル履き。

男  「(少年へ)すごい勢いで走り抜けていくんだからな。
    ちゃんと顔が見えるように、身を乗り出さないと駄目だぞ」

少年 「ウン、わかってる」

男  「身を、乗り出すんだぞ」

少年 「ウン。……でも、ホントに、次の列車に、お母さんが乗ってるの?」

男  「ああ、乗ってるともさ。けさ早くに電話があったんだ。
    おまえの顔が見たいってね。(つぶやく)バーカ。電話があるわけねえだろ」

      男の携帯電話が鳴る。
      ディスプレイを見て「チッ」と舌打ちをしながら電話に出る男。

男  「(電話に)なんだよ、大事な時なんだぜ。……金。
    ああ、だから(声をひそめ)今から」

      男、少年に声を聞かれないように、上手へ少し移動。

男  「(電話に)しょうがねえだろ。逃げちまったんだから。
    あいつにだって、たんまり保険かけてたのに、行方不明だとよ。
    (頭をかく)やっぱ、あいつだろ相手は。あの店の若い……」

     少年、その場にしゃがみ込み、ため息をつく。

男  「(電話に)ああ。男に媚びるしか、能のない女なんだよあいつは。
    それにだいたいさ、俺んとこに置いてくか?
    誰のタネかわかんねえガキをさ。くそ、ナメやがって」

      少年が、またため息をつく。

少年 「ねえ、列車、まだかなあ」

男  「ああ。もうじきに来るよ。待っといで。(電話に)じゃな」

      男、電話を切る。

少年 「今日のおじちゃんて、なんだかやさしいねえ」

男  「これから、ずっとやさしいよ。
    (つぶやく)せいぜい、怪しまれないようにしとかないとな……」

      けたたましく警報機が鳴り、赤いシグナルが明滅しだす。
      あわてて立ちあがり、線路をのぞき込む少年。
      下手より、列車のごうごうという音が近づく。

      やがて、下手から上手へと、走馬灯のようにめまぐるしく走る光の束。
      舞台は光の明滅と轟音で満たされる。

男  「(音にかき消されぬよう大声で)
    ほらもっと近づかないと、お母さんが見えねえぞ!」

少年 「(大声で)これ以上行けないよ。吸いこまれちゃう!」

男  「(大股で少年に近づきながら)もっと乗り出せつってんだよこのガキ!」

      男が少年の頭をぐいと押さえつける。
      と、同時にいきなり無音になり、あたり一面がまばゆい光に包まれる。
      (シグナルの明滅は続いている)

      いつの間にか上手に、女が立っている。
      長い髪に白い服。どことなく疲れた面持ち。

少年 「(同時に)お母さん!」
男   「(同時に)サヤコ!」

      男、よろよろと女に近づく。少年は踏切の横に突っ立っている。

男  「サヤコ……サヤコじゃねえか。おまえ、若い男と逃げたんじゃなかったのか」

少年 「お母さん」

女  「(少年を無視して)なに言ってんのよ。
    あたしが、あんたを捨てて逃げるわけないでしょ。

男  「だって、探したんだぞ必死んなって。この三ヶ月。
    あっちの店も、こ、こっちの店も。
    な、なのにみんな、みんな知らねえって、ぬかしやがっ……」

少年 「お母さん」

女  「(少年を無視して)だから、あたしがあんたを捨てていくわけないって。
    あたしが一番好きなのはあんた。あんたなんだから」

      舞台中央で、男の手にふれる女。男は声にならない。

少年 「お母さん」

女  「(少年を無視して)あんたと一緒に行こうと思って、迎えに来たのよ」

      ひしと抱きあう男と女。

少年 「お母さん! お母さん!」

男  「サヤコ、サヤコぉ(さめざめと泣きだす)」

      女が男をなだめながら回りこみ、客席に背を向けるかたちになる。
      その白い服の背中にあるのは
      どす黒く変色し乾いた、血液の大きな染み。

少年 「お母さん!」

      女、ようやく少年を見る。髪のかげに隠れてその表情はわからない。

少年 「お母さん。ぼくも行きたい」

      女、少年を見つめる。

女  「おまえは、来ちゃ駄目」

      女、しばらく少年と見つめあったのち、
      きびすを返して男とともに上手へ去る。

      少年がガクリ、と膝をつくと同時に、暗闇と轟音が戻ってくる。
      警報機に重なり
      ヒィーーッという悲鳴のように、長く尾を引く列車のブレーキ音。

      やがて、静寂。(シグナルの明滅は続いている)

少年 「……おじちゃん?」

      少年が、途方にくれた表情で、上手にむかってとぼとぼと歩きだす。
      先ほど男が立っていたあたりに来ると、
      しゃがみ込み、草むらの中から携帯電話を拾う。
      さらに数歩歩いて、また何か拾う。

      それは、あまり趣味のよくない白い、靴の片方。
                                       (終)

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